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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)612号 判決

控訴人(原告) 後藤茂馬

被控訴人(被告) 清川村農業委員会・大分県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴農業委員会は訴外後藤勝の申請により別紙目録記載の農地に関し訴外後藤飛佐吉より右後藤勝に賃借権を譲渡する件につき農地調整法第四条に基き昭和二三年五月二四日なした承認の無効なることを確認する。被控訴人大分県知事は、右農地につき昭和二四年一〇月一〇日なした右後藤勝に対する農地売渡処分の無効なることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

而して事実関係につき

控訴代理人は(一)別紙目録記載の本件農地の売渡処分は被控訴農業委員会(当時合川村農地委員会以下同じ)が売渡の時期を昭和二二年一二月二日と定めて昭和二四年二月一四日たてた売渡計画に基きなされたものである。しかしながら、一般に期日というときは将来の一定の時期を指すことがその語義である。旧自作農創設特別措置法上の期日もこのような将来の期日を意味するものと解すべく同法の期日が遡及した過去の日を指すものと解すべき規定は存しない。寧ろ同法第一八条第二項の「農地売渡計画においては売渡すべき農地並に売渡の相手方時期及び対価を定めなければならない」との規定その他同法全体の趣旨から考えると売渡の時期は売渡計画樹立の日より後の日を指すものと解せざるを得ないから、売渡計画を樹立するに当つてその計画樹立の日より遡つた日を売渡の時期とすることは同法の予期しないところであり許されないところといわねばならない、さすれば、前記のように売渡計画樹立の日より約一年一〇月も遡及して売渡の時期を定めた本件売渡計画は既に無効で従つてまたこれに基く本件売渡処分も当然無効たるを免れない。(二)本件農地の買収の時期である昭和二二年一二月二日後藤勝は本件農地につき耕作の業務を営む小作農でもなければ賃借権者でもない。当時耕作の業務に従事していたものは控訴人の先代後藤飛佐吉であつた。後藤勝が賃借権の譲受の承認を被控訴農業委員会から受けたのは昭和二三年五月二四日であつて本件農地につき事実上耕作に着手したのは昭和二四年一二月中からである。従つて本件農地の第一順位の売渡の相手方は右後藤飛佐吉の相続人である控訴人であるに拘らずこれを無視して後藤勝を売渡の相手方とした本件売渡計画及びこれに基く本件売渡処分は違法にして無効であると述べ、

被控訴代理人は控訴人の右主張に対し農地の売渡計画においてその売渡の時期を買収の時期に遡つて一致させることは全国的に行われている農地売渡事務処理の実情であつて何等旧自作農創設特別措置法の規定に反するものではない。同法は農地の売渡の時期すなわちその所有権移転の時期を定むべきことを規定するだけでその時期を何時とするかについては何等法律上の制約はない。従つて格別の支障なき限り売渡の時期を売渡計画樹立前の買収の時期に遡つていわゆる瞬間売買の形式をとることは農地の買収及び売渡に伴う各種の煩雑を防止し得る実益をこそ有すれ、これを違法とすべき何等の根拠もない。次に控訴人は、訴外後藤勝は本件農地の適当な売渡の相手方でないと主張する。しかしながら本件農地を含む田一反二〇歩はもと後藤勝の先代の所有であつたが借金のため他人の手に渡つた後、後藤飛佐吉がその名義上の耕作者となり実際は後藤勝が耕作していた関係もあつて同人は昭和二三年三月二〇日後藤飛佐吉から右田一反二〇歩の賃借権の譲渡を受け同年五月二一日被控訴農業委員会に申請して同月二四日その承認を受けた。而して右後藤飛佐吉の相続人である控訴人は養父飛佐吉とは長く不和で生計を別にしていたが同人が同年九月四日死亡するや養父の家に帰り右田一反二〇歩の賃借権の譲渡について徒らに紛議を起して来たので、紛争を好まない後藤勝は被控訴農業委員会の仲裁に一任し、賃借権を得た右田一反二〇歩の内本件農地五畝歩の耕作権のみ自己に留めて五畝二〇歩の耕作権は控訴人に返すこととなつた。控訴人もこの仲裁を承諾したのでここに被控訴農業委員会は、控訴人及び後藤勝双方の承諾した右仲裁の結果と、本件農地には後藤勝がその賃借権を有し、控訴人はこれを有していないこと、本件農地の過去の耕作状況、後藤勝が自作農として農業に精進する見込のある者であること及び後藤飛佐吉は前記賃借権の譲渡により本件農地に関する賃借権を喪失したので同人の先になした本件農地買受の申込は失効し本件農地の買受申込者は後藤勝のみとなつたこと等の事情を考慮し後藤勝を本件農地の売渡の相手方としたのであつて、その間何等違法の廉は存しないと述べた。

(証拠省略)

以上の外当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出援用認否は原判決の当該摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

本件についての当裁判所の判断は左記理由を補充附加する外原判決の理由の記載と同一であるからここにこれを引用する。

(一)  原審並に当審証人後藤勝の証言によりその成立を認め得る甲第四号証、原審証人麻生頼馬の証言によりその成立を認め得る乙第三号証、原審証人工藤政憲の証言により成立の是認せらるる乙第六号証、成立に争のない乙第一、第四号証及び甲第八号証並に右後藤、麻生、工藤各証人の証言によれば、大分県大野郡清川村(当時合川村)大字平石字井頭一、一二八番、一、一二九番、一、一三一番の田三筆二反六畝二〇歩は、もと後藤勝の先代の所有であつたが、借金のため他人の手に渡り、これを後藤飛佐吉が賃借していたけれども、内五畝歩は麻生頼馬に、一反一畝歩は後藤勝にそれぞれ耕作せしめ飛佐吉自身は一反二〇歩のみの耕作を続けて来たが、妻との二人暮しで共に老齢である上昭和二三年三月頃から病気となり耕作も困難となつたので後藤勝の懇望により右のようにもともと同人先代の所有地であつたところから同月二〇日頃右田一反二〇歩の賃借権を同人に譲渡することを約し、その旨の契約書(甲第四号証)を作成した。それで後藤勝は同年五月二一日被控訴農業委員会に該賃借権取得承認の申請をなし同委員会は同月二四日右賃借権の取得を承認し同月三〇日口頭を以つて当事者にこれが通知をなしたが、その後控訴人の申出により昭和二四年五月三〇日に至り農地調整法第四条の規定に依る賃借権取得の承認書(甲第八号証)を作成しこれを控訴人に交付したことを認めることができる。控訴人は後藤飛佐吉において前記田一反二〇歩の賃借権を後藤勝に譲渡したことなく、右甲第四号証の契約書は後藤勝が飛佐吉の印顆を無断持ち出し使用して作成したものであると主張し、原審並に当審証人佐藤栄、当審証人後藤輝雄の各証言及び原審並に当審における控訴本人尋問の結果並に甲第九号証の一、三、四の記載にはこれに添う部分があるけれども、いずれもたやすく措信し難く、他に控訴人の右主張事実を認めて前記認定を覆すに足る証拠は存しない。

(二)  成立に争のない甲第三、第五、第七号証、当審証人後藤勝の証言により成立を是認し得る乙第五号証、当審証人衛藤次生、工藤政憲の証言によりその成立を認め得る乙第七号証の一ないし九(同号証の六は当事者間成立に争がない)及び同第八号証の一ないし八、原審並に当審証人後藤勝、衛藤次生、工藤政憲、原審証人堀作馬、工藤久雄、衛藤金馬、麻生常馬の各証言に右(一)認定の事実を綜合すれば、本件農地を含む前記田一反二〇歩は旧自作農創設特別措置法第三条第一項第二号により買収の時期を昭和二二年一二月二日として買収せられたものであるところ、被控訴農業委員会においてこれが売渡計画を樹立することとなつたが、右農地については同年一二月一七日附にて後藤飛佐吉から、また同年同月二〇日附にて後藤勝からそれぞれ買受申込書が提出せられていたけれども、前認定のように既に後藤飛佐吉から後藤勝に賃借権の譲渡があり、これが譲渡の承認も与えられていて同人が右農地の耕作に着手していたので、この事実に基き同人を本件買収農地田一反二〇歩の売渡の相手方として売渡計画を樹立する意向であつたところ、右飛佐吉と昭和二三年五月二三日養子縁組をなし同年九月四日同人の死亡に因りその相続をなした控訴人から不服の申出があつたので、被控訴農業委員会は控訴人及び後藤勝と協議の末右田一反二〇歩の内本件農地五畝歩(調整して六畝歩となる)は後藤勝が他の五畝二〇歩(調整して六畝二〇歩となる)は控訴人が各耕作することに協定が成立した結果昭和二四年二月一四日後藤勝を本件農地の売渡の相手方として売渡計画を樹立し、これに基き本件売渡処分がなされるに至つたことを認めるに足り、これに反する原審並に当審における控訴本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件農地の買収の時期である昭和二二年一二月二日当時において耕作の業務を営んでいた小作農は後藤飛佐吉であるから、同人の相続人たる控訴人が本件農地の第一順位の売渡の相手方であるというべきようであるが、控訴人の先代飛佐吉は前記のように本件農地の賃借権を後藤勝に譲渡したので、これによつて同人が先になした本件農地買受の申込は失効ないし撤回されたものとして取扱うことができるものと解すべきのみならず、飛佐吉の相続人たる控訴人も前記の如く後藤勝が本件農地を耕作することの協定に同意したことによつて先代飛佐吉の本件農地買受の申込が失効ないし撤回されたものとして取扱われることに異議がなかつたものと認めるのを妥当とする。されば旧自作農創設特別措置法施行令第一八条の規定の趣旨により本件農地売渡計画の定められた昭和二四年二月一四日当時において耕作の業務を営む小作農たる後藤勝を売渡の相手方と定めた本件売渡計画従つてこれに基く本件売渡処分は違法ではないというべきである。

若し後藤飛佐吉の本件農地買受の申込が失効ないし撤回されたものとして取扱うべきものではないとしても、前認定のように後藤勝は買収の時期以後に本件農地の賃借権の譲渡を受けたものたることには相違ないのであるから、この事実に基いて本件農地の売渡計画は同人をその売渡の相手方と定めたものと見ることもできる。もつとも、この場合被控訴農業委員会が同人を売渡の相手方と定めるにつき予め大分県農地委員会の承認を受けたことを認むべき何等の証拠もないから、かかる承認は受けなかつたものと認めざるを得ないので、この点において本件農地の売渡計画及びこれに基く売渡処分にはかしがあるといわざるを得ないけれども、この程度のかしは未だ以て本件農地の売渡計画、従つてこれに基く売渡処分を無効とするには足らないものと解するを相当とする。

(三)  政府が旧自作農創設特別措置法第三条の規定により買収した農地の売渡計画においては売渡の時期を定むべきこととなつているが、その売渡の時期を何時と定むべきかについては何等法律上の制約がない。而して右農地の売渡の時期、すなわち、その所有権移転の時期を何時と定めるかは政府と売渡の相手方との間の問題であるから、売渡の時期は必ずしも売渡計画を定めた日以後であることを要せず、政府が農地の所有権を取得した買収の時期に遡及してこれを定めることも何等差支えないものと解するを相当とする。しかしながら、これがため、第三者の利益を害してならないことはいうまでもないことであつて、同法第一二条第二項の規定により農地の買収の時期に賃借権が設定されたものとみなされた場合、その賃借権を有する者が当該農地の売渡の相手方でないときは、同法第二二条第一項により当該賃借権は当該農地の売渡の時期に消滅することとなるので、売渡の時期を売渡計画樹立前に遡つて定めることは、同条第二項以下の規定によりその賃借権の消滅に因つて生ずる損失の補償がなされることにはなつても、なお、かかる賃借権を有する者の当該農地に植付けた作物の帰属等に関し複雑な問題が起りその利益を害することがあることになる。ところで、本件においては前記認定のように本件農地は同法第三条第一項第二号に基き昭和二二年一二月二日を買収の時期と定めて買収されたもので、その買収の時期において耕作の業務を営む賃借権者は控訴人の先代後藤飛佐吉であつたから同法第一二条第二項の規定により同人に本件農地につき従前と同一の条件を以て賃借権が設定されたものとみなされた訳であるが、同人は昭和二三年三月二〇日頃該賃借権を後藤勝に譲渡し同年五月二四日農地委員会よりこれが譲渡の承認があつたのである。そこで、控訴人の先代飛佐吉は本件農地につき右のように設定されたものとみなされた賃借権を前記買収の時期から右賃借権譲渡までの間は有していたものであるところ本件農地の売渡計画が昭和二四年二月一四日に買収の時期における賃借権者ではない後藤勝を売渡の相手方とし売渡の時期を右買収の時期に遡つて定めて樹立されたため飛佐吉の右期間の賃借権は消滅して存しなかつたことになり、同人の利益が害せられることがある訳であるから、本件売渡計画はこの点において違法のかしを帯ぶる場合があるものといわねばならない。しかるに、右認定の事実によつて明らかなように本件農地の売渡計画において売渡の時期を遡及して定めたため控訴人の先代飛佐吉の賃借権の消滅を来し同人の利益の害せらるべき期間は、売渡の時期と定められた昭和二二年一二月二日から同人が該賃借権を後藤勝に譲渡した翌二三年三月二〇日頃までの、わずかに数ケ月の期間に過ぎず、飛佐吉がその期間内の賃借権の消滅により現実に何等かの利益を害せられたことについてはこれを認むべき何等の証拠も存しないのでこれがため同人は現実に利益を害せられたことはないものと認めざるを得ないから本件農地の売渡計画従つてこれに基く本件売渡処分には結局売渡の時期を売渡計画樹立の日より遡及して定めた点においての違法のかしは存しないものということができる。

以上の次第にて控訴人の本訴無効確認請求はその理由がなく棄却を免れないので、これと同旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

(別紙省略)

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